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北枕ふか子の枕営業日記

行ったりやったりつくったり

渋谷に行けるようになったんじゃない、PARCOに行けるようになっただけなんだ。

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中学から大学まで、6年付き合った彼氏と別れる時、「付き合ってたときに一番うざかったことってなに?」と訊ねた。彼は、「中学時代、渋谷に行くたび、怖い怖いって言ってたのに、大学になってから行けるようになって通ってたこと」と答えた。

 

2016年、8月7日に、渋谷PARCOが一時休業した。

 

その前日、ONLY FREE PAPERの代表・松江さんがブログでこんなことを書いていた。

「渋谷怖いけど、ONLY FREE PAPERがパルコにあるから来る(来れる)ようになった 」というようなお客様のお話を聞くこともありました。

 

まさに、わたしである。

 

渋谷は怖い。

 

幼い頃に連れて来られたときは、父がスルスルと人混みを抜けていき、そのあとを慌ただしく動く大量の足を見つめながら、必死に追いかけた。わたしの後ろを歩く母は「あんなに早歩きして…」と不機嫌な声を出す。

 

「早足ばかりの不機嫌な街」というイメージがこびりついてしまったわたしは、その怖さから中学生になっても渋谷に来るたび、友人の腕を掴んで、「絶対に離れないでね!!!!」と言っていた。

 

大学生になって、ONLY FREE PAPERという店を知り、ボランティアスタッフをやろうと一人でPARCOに向かったときは、道に迷い、人は多くて、坂は多いし…で、もう帰りたかった。

 

汗だく・涙目でお店に向かい、「面接のなかはらです…」と囁くと強面の松江さんが出てきて、泣きそうだった。でも、話してみるといい人だったし、「お金は払えないけど、フリーペーパーがたくさん読めます」と言われて、「やりたいです」と返した。

 

渋谷PARCOでスタッフをしている自分、というのはなかなか誇らしかった。毎日入荷するフリーペーパーを並べるのはもちろん、得意げにスタッフバッジを付け、従業員専用エレベーターに乗り、おしゃれな店員と同じ空間を行き来して、歴史ある建物の裏側にいる。それだけで胸が高鳴った。

 

客としては、残念ながらPARCOで買い物を楽しんだことはない。でも、劇場とパルコミュージアムには大変お世話になった。特に、パルコミュージアム

 

今年の春に「五〇音展」を開催したチームNASは、パルコミュージアムで開催していた大宮エリーの「思いを伝えるということ展」に行って、「あの展示方法をわたしたちもやりたい!」と感じたのがすべてのきっかけだ。

 

そんな思い出に浸ろうと、8月7日に訪れた。フロアを回り、各展示を見て、思わずこうツイートした。

 

建物や歴史を懐かしむ人、買い物やイベント目当ての人、友人に会いたい人、なんとなく来た人がいて、解体が決まった母校の文化祭みたいな雰囲気だった。寂しいけどめっちゃ楽しかった。

 

この場所のすごいところは、すべてのカルチャーとそれに関連する人たちを受け入れていることだと思う。ファッションも、演劇も、映画も、アートも、アニメも、文学も、フリーペーパーも、全部受け入れて優しく包んでくれる。

 

公園通りを歩いているときは「渋谷怖い。帰りたい」と思うのに、PARCOに入るとやけに落ち着くのは、その懐のでかさがあるからだ。たぶんだけど。

 

 

今日、ONLY FREE PAPERのスタッフとして搬出を手伝った。(制作者としてもお世話になった)棚を運んで、少し、フロアを歩いた。


誰もいない、何もないPARCO。新鮮だったけど、不思議と寂しくはなかった。なんというか、みんなが卒業したあとの校舎みたいだったのだ。また新しいことがはじまる。そんな希望に満ちていた。

 

一通りフロアをまわったあとにスタッフ口から出ると、渋谷PARCOを卒業した気分になった。そして、「これから積極的に渋谷に来ることはなくなるんだろう」と思った。

 

かつて、彼は「渋谷に行けるようになった」と言ったけど、わたしは渋谷に行けるようになったんじゃなくて、渋谷PARCOに行けるようになっただけだ。その場所から、卒業してしまった。

 

帰り道、「わたしを受け入れてくれて、たくさんのきっかけと出会いをくれて、ありがとー。また新しくなったらよろしくね」という気持ちになった。

 

この感謝の気持ちをどう表したらいいかな、と悩んだけど、それはPARCOが教えてくれてた。

 

「ありがと。サンキュー。
しばらく、またね。」